京都府宇治市にある「許波多神社」の御朱印を紹介します。
御朱印
許波多神社(五ヶ庄)の御朱印
※書置き
境内案内
勝運を授かる神社
大海人皇子(後の天武天皇)や坂上田村麻呂が戦勝を祈願したと伝えられ、勝運を授かる神社として信仰されています。
大化元年(645年)、蘇我倉山田石川麻呂の奏上により、孝徳天皇が中臣鎌足に命じて木幡荘に皇祖を祀る神殿を造営させたのに始まると伝えられています。当時は柳山の地に社殿があったことから「柳大明神」と呼ばれるようになり、江戸時代までは「柳神社」を正式の社名としていました。明治時代、陸軍宇治火薬製造所(現 陸上自衛隊宇治駐屯地)の建設のため社地全体が官有地として召し上げられ、当社は御旅所であった旧岡田村内の現在地に遷座し、その際に社名を旧称の許波多神社に改称しました。
重要文化財の本殿には、鎌倉時代の作とされる天忍穂耳命(あめのおしほみみ)の神像が祀られています。
かつて、社殿より続く東西2町の馬道で競馬(くらべうま)の神事が行われており、「競馬発祥の神社」とされています。また、神社に残る平安時代の鐙(あぶみ)は重要文化財に指定されています。ほかにも、馬頭天王の神像があることから、「馬の神社」として競馬ファンや競馬関係者の信仰を集めています。
また、宇治市内には許波多神社という名前の神社が木幡と五ヶ庄の隣接する2つの地区にあり、それぞれ異なる社伝を伝えています。
神社情報
御祭神
- 天忍穂耳命(あめのおしほみみ)
- 瓊々杵尊(ににぎのみこと)
- 神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのすめらみこと)〈神武天皇〉
所在地
京都府宇治市五ヶ庄古川13
公式サイト
地図
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