相国寺塔頭 林光院の御朱印情報/京都市上京区

上京区

京都市上京区にある相国寺塔頭「林光院」の御朱印を紹介をします。

御朱印

林光院(地蔵尊)の御朱印

※書置き

林光院(鶯宿梅)の御朱印

※書置き

境内案内

紀貫之の屋敷跡に創建

相国寺の塔頭である林光院(りんこういん)は、応永年間(1394年 ~1427年)に室町幕府3代将軍・足利義満が次男・足利義嗣(あしかがよしつぐ)の菩提を弔う為に夢窓国師(むそうこくし)・夢窓疏石(むそうそせき)を勧請開山に平安時代前期の歌人で、「古今和歌集」の選者である紀貫之(きのつらゆき)の屋敷跡(二条西ノ京)に創建したのが起源です。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などによって度々移り、元亀年間(1570年~1573年)頃に関白・豊臣秀吉によって相国寺山内に移されました。1874年(明治7年)に荒廃して廃寺になりましたが、1919年(大正8年)に相国寺派管長・橋本獨山が現在の場所に移して再興しました。

庭園に「鶯宿梅」と呼ばれる名梅があります。いわれは『大鏡』に村上天皇の天暦年間(947年~956年)御所清涼殿前の梅の木が枯れ、代わる木を求められたところ、紀貫之の娘の屋敷の梅が選ばれ、勅命により御所に移植されました。

ところが、その梅の枝に

「勅なればいともかしこし鶯の宿はととはばいかがこたえん」

との歌が書かれた短冊を見て、天皇はその詩情を憐れみ、この梅をもとに返されたといいます。この後、この梅を「鶯宿梅」と称されています。数度の移転、廃院など千有余年の間、鶯宿梅も幾回かの代替わりなどを繰り返し、今も咲き誇る梅に歴史の重さが感じられます。


本堂、書院の襖絵はすべて平成29年(2017年)に中国江蘇省出身の画家 藤井湧泉によって描かれた、「龍虎」「蓮」「松」などの水墨画の障壁画で飾られています。本堂には、右手に龍図、左手に虎図が描かれ、猫のように見える虎の絵は、よく見ると左目を薄く開けて向かいにいる龍を意識しているそうです。

相国寺の御朱印情報

相国寺の御朱印情報

寺院情報

宗派

臨済宗相国寺派

御本尊

  • 地蔵菩薩(じぞうぼさつ)

所在地

京都市上京区相国寺門前町

公式サイト

地図

 

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