京都府宇治田原町にある「禅定寺」の御朱印を紹介をします。
御朱印
禅定寺の御朱印
境内案内
月舟禅師により曹洞宗寺院として復興
「禅定寺」は山号は補陀洛山、院号は観音妙智院、正式名称は、白華補陀落山観音妙智院禅定寺(びゃくげ ほだらくさん かんのん みょうちいん ぜんじょうじ)といいます。創建当初は天台宗の寺院でしたが、現在は曹洞宗の寺院です。
正暦2年(991年)東大寺の53代別当であった平崇上人が堂を建て、十一面観音像を安置したのに始まり、造営に5年の歳月を費やしたと伝えられています。藤原氏の庇護によって、地元の田原郷に一千町歩の杣山や田畑を有し、その他の地方にも寺領を有しましたが、この禅定寺領は延久元年(1071年)、平等院に寄進され、禅定寺は平等院の末寺となった。
中世以降は衰退し、境内の荒廃が進んでいました。そんな中、延宝8年(1680年)加賀の大乗寺26代曹洞宗中興月舟宗胡禅師が、加賀藩の家老・本多安房守政長の経済的援助を得て、諸堂を再興し、境内の再整備を行い、曹洞宗寺院として復興しました。その意味で、月舟禅師こそが禅定寺中興開基の祖として仰がれています。
現在の境内は月舟によって再興された当時のようすをよく残しており、本堂・客殿は現在も町内で最大の茅葺き屋根の建築です。
宝物殿には9体の重要文化財の仏像を安置
宝物殿には、本尊である重要文化財の「十一面観音立像」をはじめ、重要文化財の「日光菩薩立像」・重要文化財の「月光菩薩立像」・重要文化財の「文殊菩薩騎獅像」・重要文化財の「持国天」・重要文化財の「増長天」・重要文化財の「広目天」・重要文化財の「多聞天」・重要文化財の「延命地蔵菩薩半跏像」や、「大威徳明王像」の十体の仏像が安置されています。
ショーケースなどに入っていないので、間近で重要文化財の仏像を見ることができます。
寺院情報
宗派
曹洞宗
御本尊
- 十一面観音立像(じゅういちめんかんのんりつぞう)
所在地
京都府綴喜郡宇治田原町大字禅定寺小字庄地100
公式サイト
地図
最新情報をお届けします
コメント