大原野神社の御朱印情報/京都市西京区

西京区

京都市西京区にある「大原野神社」の御朱印を紹介をします。

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御朱印

大原野神社の御朱印

境内案内

平安京以前から鎮座する社

延暦3年(784年)に桓武天皇が長岡京へ遷都した際、桓武天皇の后の藤原乙牟漏が藤原氏の氏神である奈良春日社の分霊を勧請して、しばしば鷹狩を行っていた大原野に祀ったのに始ましります。嘉祥3年(850年)に、藤原冬嗣を祖父に持つ文徳天皇が社殿を造営しました。

「京春日」とも呼ばれる大原野神社の社殿は、奈良の春日大社と同じ一間社春日造が4棟並ぶという建築様式です。また、狛犬の代わりに狛鹿が鎮座しています。

藤原氏の家に女の子が生まれると、その子が皇后・中宮になれるようにと祈願に訪れ、祈願通りになると行列を整えて参詣することが通例となっていたそうです。貞観18年(876年)に、清和天皇の女御となった藤原高子(二条の后)が参詣した際に、右近衛権中将で高子のかつての恋人であった在原業平がその行幸につき従い、「大原や小塩の山もけふこそは 神世のことも思出づらめ」との和歌を詠じて奉ったことでも知られています。

室町時代には足利尊氏をはじめとする歴代将軍の崇敬も受け繁栄しましたが、応仁・文明の乱(1467~1477年)では戦火に巻き込まれることはなかったものの、のちに社領が押領されるなどして衰退しました。しかし、江戸前期に再興され、一時期途絶えた祭礼なども再び行われるようになりました。

鯉沢の池

「鯉沢の池」は、藤原氏の氏寺である奈良の興福寺「猿沢の池」を模して作られたと伝えられます。かきつばたや水蓮の花が美しく、古歌に詠まれた瀬和井(せがい)の清水は、古木の根本にかくれて清らかです。昔から流れ込む川などはなく、池底からの湧き水や雨水だけで維持されています。

神社情報

御祭神

  • 建御賀豆智命(たけみかづちのみこと)
  • 伊波比主命(いわいぬしのみこと)
  • 天之子八根命(あめのこやねのみこと)
  • 比賣大神(ひめおおかみ)

所在地

京都市西京区大原野南春日町1152

公式サイト

地図

 

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